安久美神戸神明社 御祭神・御由緒

御祭神

御本殿にお祀りされている神様

主祭神

天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)

 

配祀(主祭神とご一緒にお祀りされている神様)

仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)

神功皇后(じんぐうこうごう)

応神天皇(おうじんてんのう)

火産霊神(ほむすびのかみ)

武甕槌神(たけみかづちのかみ)

経津主神(ふつぬしのかみ)

菅原道真命(すがわらのみちざねのみこと)

 

御末社にお祀りされている神様

本殿左奥の御宮(三社合祀)

 

【外宮社】

豊受比売神

(とようけひめのかみ)

【高宮社】

気吹戸主神

(いぶきどぬしのかみ)

【伊雑社】

玉柱屋比売神

(たまばしらやひめのかみ)

 伊佐波止美命

(いざはとみのみこと)

本殿左手前の御宮

 

【護国神社】

国家・公共に尽くしたる人々の神霊

本殿右手前の御宮

 

【猿田彦社】

猿田彦命

(さるたひこのみこと)

本殿右奥の御宮(二社合祀)

 

【三峯社】

伊佐那岐命

(いざなぎのみこと)

伊佐那美命

(いざなみのみこと)

【稲荷社】

宇迦御霊命 二柱

(うがのみたまのみこと)


御由緒

天慶三(940)年、平将門の乱平定の報賽として、朱雀天皇より伊勢神宮に三河国の飽海荘(あくみのしょう)が寄進されました。その際、伊勢神宮祭主の庶流大中臣基守がこの地の司として赴き、天照皇大神を奉斎して地域の繁栄を祈願したのが当社の始まりと伝えられております。この地で作られた米・酒・絹・油・糸・紙など毎年伊勢神宮に奉献されていたことが、神宮雑例集等に詳しく記載されております。当社の社名は、この地域「安久美(あくみ)」の「神戸(かんべ・伊勢神宮の神領地)」に創建された「神明社(しんめいしゃ・天照皇大神を祀る神社)」という意味です。

 

 やがて、武家政治が台頭すると、戦国武将からの厚い庇護を受けるようになりました。三河国を治めた今川氏は、社殿の造営をはじめ、社領・太刀・祭礼に用いる神面等の奉納など、非常に篤い尊崇を寄せました。永生二(1500)年、今川氏親公は牧野古白に命じて今橋城(吉田城)を築く際、社殿を改築して城内鎮護・鬼門守護の神「城内神明宮」として奉斎しました。以来歴代の城主(藩主)の恭敬も篤く、式年の造営・神宝の奉納等はもとより、参拝・御祈祷など折々に行われ、明治に至るまで受け継がれてまいりました。

 

 明治十八(1805)年、旧社地(現豊橋公園)が陸軍用地となったのに伴い、現在の地に奉遷されました。大正十二(1923)年には社格を県社に列せられ、当地を代表する神社として衆庶の崇敬は一層のものとなりました。

 現在の社殿は昭和五(1930)年に造営されたもので、平成二十二(2010)年には国の登録有形文化財に指定されました。